本日、善通寺に所用あり。その時間潰しに香色山に登った。一度登ったと思っていたのだが、初めてだった。山頂の風景に全く記憶がなかった。
44年前、母が亡くなる直前の今ぐらいの時期だった。国立善通寺病院(当時)の病室から見える紅葉で色づきはじめた香色山を見て、「元気になったらあそこに登ろうね」と母が言った。母は既に死を覚悟しており、その数週間後に母は亡くなった。母の言葉をずっと覚えていたのだが、今まで登らずにいた。母は生きておれば88歳でもう山に登る元気はないだろうな、などと思いながら登った。
写真は山頂からの眺め。すでに母が入院していた国立病院は建て直され名前も変わった。今は駐車場になっているところに古い病院があり、そこから母はこの山を眺めていた。
どうして今まで登らなかったのか?どうして今になって登ろうと思ったのか?わからない。
お遍路さんの装束には、同行二人と書かれている。これはいつも弘法大師が一緒にいるという意味と理解している。私にとって、母がその存在だったのだろう。
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