1/18の”昇華”の項目以降、トラウマを克服するためにどういう態度が有効かを考えてみた。まずは反抗なり無視をして、相手を否定することが出発点であろう。そしてとりあえずの自己を確立し、その上でトラウマを与えた対象がなんであったのか諦めまじりで見詰めながら昇華させる作業が必要で、最終的に受容にまで至ればトラウマを克服することになる。しかし受容するといっても、過酷な虐待であった場合それは無理な話だろう。幼い頃の性虐待の相手を許せと言われてもそれはできない。少なくともその相手に社会的制裁が与えられなければ納得できないだろう。しかしその社会的制裁は往々にして、深いトラウマを負った人には納得できるものにはならない。だから過剰な”応報”を与えたくなるが、それは相手を何度殺しても殺し足りないものだろう。トラウマを与えた対象を完全にこの世から抹消できたとしても、心の安寧は得られることはない。だから心の安寧を手に入れるためには、トラウマを与えた相手の存在を受容するしかない。
イスラエルにとってハマスを壊滅させることは、それなりに民族のトラウマを軽減させることになるだろう。だがパレスチナ人を絶滅させても、民族のトラウマを解消することはできない。パレスチナに対してユダヤ人が受けたトラウマを植え付けるだけだ。パレスチナ人の存在を認め、共存を受容することが民族のトラウマを解消させていく唯一の道だ。31年前のように、もう一度合意できないものか・・・。
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