そこに愛はあるんか?

勉強というものは、いいものだ。代数や幾何の勉強が、学校を卒業してしまえば、もう何の役にも立たないものだと思っている人もあるようだが、大間違いだ。植物でも、動物でも、物理でも化学でも、時間のゆるす限り勉強して置かなければならん。日常の生活に直接役に立たないような勉強こそ、将来、君たちの人格を完成させるのだ。何も自分の知識を誇る必要はない。勉強して、それから、けろりと忘れてもいいんだ。覚えるということが大事なのではなくて、大事なのは、カルチベートされるということなんだ。カルチュアというのは、公式や単語をたくさん暗記している事でなくて、心を広く持つという事なんだ。つまり、愛するという事を知る事だ。

再び太宰の言葉を引用。「正義と微笑」より主人公が述べる教育というものに関する一文。太宰は、”学ぶことの目的は、心を広く持ち愛することを知ること”ととらえていたのだろう。

この消費者金融のCMでは、金の貸し借りやもちろん取り立てさえも含んでであろうが、”愛が一番”と言っている。だが世の中には、高等教育を受けても、あるいは教育する側や先生と呼ばれる方々のなかにさえも、愛ではなく”法が一番”(あるいは銭、あるいは票が一番)の喜劇に満ちている。だから面白く、ひねくれ者の太宰のような人たちを刺激し、いろんなパロディーが生まれる。近年そのパロディーに対する寛容さは失せ、自主規制されるようになった。危険だと思うが、”法が一番”の組織の中でそれさえ守っておれば排除されることなく、罪などないんだとぬくぬくと過ごしたい人が多いのだろう。それが安全で安定はする。

シャクゲバ

シャクゲバ=尺八を吹くゲバラ。この世の中を生き抜くには、この姿が必要と思いこの名前にした。日々感じることなどつづっていく予定。

0コメント

  • 1000 / 1000