昇華する

次世代とのつながりを断ったり、人との関係を断ち引き籠ることはトラウマの連鎖を防ぐには有効だ。しかしそれはトラウマを受けた民族や人間にとっては何ら救いにはならない。トラウマを消し去るにはどうすればよいのか?本質的にはトラウマをもった人が、自分の行動の何がトラウマに起因しているのか客観的にみて自覚し、それを是正していくことだろう。同時にそのために周囲の人間が何をできるのか考えねばならない。なかなか難しい。具体的にどうしたらよいか明確に提示することはできそうにない。いくつかの例を挙げる。

ドストエフスキーは実存主義文学と評される名作をいくつも書いた。悲劇や人に潜む悪を通して人間の存在意義を問う作品を、絶筆となったカラマーゾフの兄弟まで描き続けた。もともと裕福な家庭に生まれたが、家が火事で焼け15歳くらいの時に母親を亡くし、18歳くらいの時に彼の父親は農民に惨殺された。彼自身は投獄され死刑執行の直前に解放されたのちシベリアに流された。これらは深くトラウマとして彼の中に刻まれたに違いない。自分の存在を消されようとした経験から、それらの悲劇性を見つめながらも人の存在する意義を問い続け、それを文学作品に表現した。トラウマを見つめ続け、その苦悩を隠すことなく文学という芸術に昇華する作業はつらいものだろう。彼は賭博癖があったそうだ。また、女性関係も決して褒められるものではなく、てんかん発作にもたびたび悩まされていたそうだ。彼に文才があったからよかったものの、自身のトラウマに向き合うストレスというものは常人では耐えられないものかもしれない。彼は反ユダヤ的論考があったようだ。陰謀論的で知的言論ではなかったとのこと。これは彼が抱えたトラウマゆえ、当時のロシア人を苦しめるユダヤ人に対する過剰反応だったのかもしれない。

と考えると、トラウマを昇華する作業は決してトラウマを克服することにはなりそうにない。人類にとっては素晴らしい芸術作品が贈られ喜ばしいことだが、本人にとっては苦しみ以外の何物でもない。トラウマを克服し心の安定を得られるわけではないようだ。常人には勧められない。



シャクゲバ

シャクゲバ=尺八を吹くゲバラ。この世の中を生き抜くには、この姿が必要と思いこの名前にした。日々感じることなどつづっていく予定。

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