スケープゴートは被害者の怒り・悲しみをいくらかやわらげる”祝祭”として意味があろう。スケープゴートとなるものは、本来その損失には全く責任がない。だから生贄となるのが羊であるのなら動物愛護者でない限りは受け入れられるだろうが、全く責任のない人間がスケープゴートとして屠られることは許されまい。袴田事件や徳島ラジオ商事件、あるいは先日報道された不正輸出の疑いで逮捕・起訴された横浜市の化学機械メーカーの事件では、全く責任のない人間が罰せられた。いずれも警察あるいは検察など罪を追求する側の失態を隠すため、あるいは権威を守るために証拠が捏造されたり違法捜査が行われ罰が与えられた。これは祝祭としてのスケープゴートではなく冤罪という犯罪だ。これは許されない。
私が関与した組織の問題がそうだったとは言わない。ローカルスタッフには応報を受けるだけの責任はあった。しかし、組織側が自らの責任を省みないまま組織により決定された2022年末の決定は不当判決の類であった。悪意をもってみれば、組織の権威や日本人スタッフの保身のため、意図的にローカルスタッフのみに責任を押し付け犠牲にしようとしたのではないか?とも考えられる。意図的に自身の罪に目をつぶり、ローカルスタッフをスケープゴートとして利用しようとしたのならそれは犯罪だ。
何はともあれ、約1年後にそれを覆す裁定に変更したのだから良しとしよう。あとは自らの責任にも目をやり、ケジメをつけるために組織内部で総括をし、必要であるなら組織自身にも罰を課すことだ。真摯な団体でありたいならすべきことであろうが、組織を去った私が言うことではないな。
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