走れメロスの中に次のような一節がある。(太宰の名言サイトからの抜粋であり、読み返したわけではない)
人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。
一ばんきらいなものは、人を疑う事と、それから、嘘をつく事だ。
細かいところは忘れた。猜疑心の塊のような暴君に死刑判決を受けたメロスが、妹の結婚式に出るために親友を身代わりに死刑執行日までの保釈を得、結婚式に参加した後、刑執行ギリギリの時間に帰って来たという話だったろう。死刑を受けるためにわざわざ帰ってきたメロス。自らが殺されてしまうかもしれぬのにメロスを信じた親友。帰ってきたメロスを見て心改めた暴君。在り得ない話である。
すでに放蕩生活で人の信用を失っていた太宰は、嘘つきと後ろ指をさされたり説教を受けたりしていたのだろう。人に疑われ処罰され服従させられることにウンザリしていたと思う。その鬱憤を晴らすために、人を疑うことはおろかなことだと逆切れしたのがこの寓話であろう。創作の発端となった檀一雄とのエピソードからもそれが伺い知れるが、嘘も嫌いと言っている。太宰の中では嘘をついている自覚がなかったのか、あるいは実行が伴わずに結果的に嘘となる自分に対する自虐的言葉なのだろう。自己中のナルシストのクソ野郎と裁こうとは思わないが、お近づきにはなりたくない。
うじうじ考え言葉を並べるばかりで決断せず実行しなかったのは、5年前に亡くなった私の兄とそっくりだ。脳梗塞と糖尿で体が少しばかり不自由になっていた兄。まだ60歳になっていなかった彼は「このまま終わろうとは思っていない」と言っていた。そう言いながら、何をどうするつもりなのか口にすることはなかった。私が、「何か行動するならサポートするぞ」と言っても、いろいろ理由をつけて「今はその時でない」と親からもらったお金でタバコを1日30本吸い続けていた。何をしたいのか話すことはなく、口から出てくるのは自分の境遇に対する恨みごとばかりだった。結果的に時を逸し、大腸がんを契機に衰弱し亡くなった。
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